谷崎と芥川の文学論争とダンスのスタイルについて

今、芥川賞が話題になっているが、その昔、谷崎潤一郎と芥川龍之介が文学論争をしたことをご存知だろうか?
興味がある人は詳しくはここを見ると詳しく解説されているのでみてみると良いだろう。
別に二人は中が悪いわけではなさそうだが、文学にとって最も大事なものは何か?という点で論争を繰り広げていたのだ。僕なりに要約すると以下のようになる。
(1)谷崎の主張
文学は展開や構成の面白さが最も重要。筋の面白さがないものは小説に値しない。
(2)芥川の主張
文学は表現が重要。ストーリー、プロット、展開など話の筋は芸術ではないだろう。
(1)谷崎の主張
展開や構成の面白さ、美しさは建築に例えたらそれは優れた芸術だろう。
「構成する力、いろいろ入り組んだ筋を幾何學的に組み立てる才能」が必要
(2)芥川の主張
話の筋が無くたって、文章が詩的に美しかったら(話の筋に頼ってない分)それが本当の芸術なのでは?

とこんな感じ。実際に芥川の小説はどこを切り取っても(全て読まなくても)美しくできていると言われている。夏目漱石もそう。
かたや谷崎のタイプは最初から最後まで読んでこそ美しさが映える。
もちろん、本人はそう言ってるが、谷崎の文章表現も素晴らしいし、芥川の小説のプロット(パクリの場合は再構成力)も半端ないのだが。

これって現代でもいろんなことに当てはまると思う。
ダンスで言えば、以下のような感じだろうか。
(1)は1曲の中でイントロからエンディングまで盛り上げたり落としたり色々構成を考えるべき
最初から最後までちょこちょこした技を繰り出しても曲の構成に合ってないとダサい。
(2)は指先に至るまで表現が重要。曲の構成には関係無くどこを切り取っても美しく踊れていることが重要。
もちろん、どちらか一方では無く比率や程度問題だとしてどちらに比重を置くのか一考してみてはどうだろう。僕の好みは(1)が重要で(2)を意識できていればなお良いと思う。
ダンスは小説と違ってそれ単体では成立せず、音楽があってこそ成り立つというのがその理由だ。
もちろんどっちか片方が正解というわけではなく好みの問題だと思う。

これってギターソロでもお笑い(コントから落語まで)でもなんでもそうだと思う。映画も両タイプある。
部分部分を全て美しく(面白く)するのか、まとまりや落ち、全てを俯瞰した時の美しさ(面白さ)を重要視するのか?いろんなものに当てはめてみるのも面白いと思う。
a0014306_14475964.jpg
※4コマはここから持ってきました。(笑)

[PR]

by lavida | 2015-08-29 14:49 | TIPS